MRIに入った

6月に入ってから目の疲れを感じるようになり、6月末頃からは急に顔の左側の筋肉がひっぱられるような感覚が生じ、たまにぴりっとしびれるようになった。今回に関しては、虹プロジェクトにハマりまくったり、あつ森をやりまくっていて、目の疲れがたまっている自覚があった。これは眼精疲労だなと思い、眼科に行くも「スマホ老眼じゃない?でも確証はない」みたいなことを言われ、とりあえず目を使うことを減らすしかないと、毎日21時には寝ていた。 それでもぴりぴりする場所が増えてきて、テレビやスマホの画面を見ると変な吐き気もするし、一向に良くならない。医者の友人が心配して連絡をくれて(何科を受けるべきかわからなかったので、本当にありがたかった…)耳鼻科や歯医者に行くも、原因不明。今コロナの感染者数が増えていることもあり、下手にでかい病気だったとき、大きな病院で適切な施しを受けられないのではと思い、結局神経内科MRIに入ることになった。

 

しかしながら、私は閉所が得意ではないため、MRIに入ることに対して抵抗があり、夫に相談して一緒に来てもらうことに。心細かったので、本当にありがたかった。

 

医者にもその旨を伝えると、「大丈夫ですよ、金属さえ外してもらえれば旦那さんと一緒の部屋に入ってもらえます」とのこと。早速、「MRIの中は音が大きいので、ヘッドフォンか耳栓してもらいます」と言われ、「ぎゃーこわい!!」とビビってる中、有無を言わさず医者にヘッドフォンを耳にあてがわれ機械の中にウイーンと体が入っていった。

 

すると、ヘッドフォンからは天国に行くときに鳴るであろうハイパーリラクゼーション系クラシックが流れていたので、「いや、死ぬやん!!!」と黙って一人で爆笑し、「終わったら即旦那に伝えよ~」と思った。MRIからちょろっと出てる私の手を夫がつないでいてくれたので、とても安心した。本番までにギャーギャー騒ぐくせに、いざ本番になると割と涼しい顔をしているのはいつものことである。

 

会社の同僚から「あれめちゃくちゃうるさいよ!!」と聞いていたが、ここまでうるさいとは。MRIの中では、頭上に建設現場があるような感じ。ずっとギー!ガシャン!ビー!という大音量が約20分。夫はその間暇すぎて私の手のひらに「アヒル」とか私の好きな動物を文字で書いたり、足の裏をくすぐったりしていた。にも関わらず、ずーっと横になっていると次第に眠くなり、MRIの中で大爆睡をかました同僚の気持ちもわからんでもなかった。

 

肝心の診断結果は、大きな病気ではなく、コロナで生活習慣が大きく変わったことに起因するものであった。よかった。細かい原因まで教えてくださり、今日まで何かあったらと思っていたので、心底ほっとした。

 

しかしながら、それよりも重大なことがあり、私の脳の片側には普通ある太い血管がなく、通常より血流が悪いらしい。がーん。「まあ細い血管とかあるから支障は出てないけど、こっちの方が気になるから、来年もMRIの検査に来てね」とのことで、来年分の予約をして帰った。来年は一人で入れるといいけど。

 

帰りに、近くにあったタルトのお店でイチゴタルトを買って帰った。急にピンピンし始めたので、「病は気からもいいとこや!」と夫には指摘される。

 

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大きな病気ではなくてよかったけれど、この日本当に嬉しかったことは、忙しい夫が心配して、休みを取る手筈まで整えて病院までついてきてくれたこと。心細かっただけに、「一人じゃないなあ」と、夫の菩薩のような優しさが身に染みた。一体どんな風に育ったらこんな優しい人間になれるんだろう。

 

親に付き添ってくれたことを伝えると、「よかったね、お母さんより頼りになるね!」と、返事が来た。母はこのことがよほど嬉しかったらしく、夫にも感謝のLINEを送っていた。

 

私が夫に大切にされていることを、母親が喜んでくれることが、いつも嬉しい。結婚式が延期になり、夫が「ケーキカットだけでもしよう」と言って、ホールケーキを用意してドレスとスーツを着て家で写真を撮ったときも、母がLINEごしに涙ぐんでいるのが伝わってきた。

 

私は今まで、母にこういう喜ばれ方をされたことがなかったので、結婚以来、夫婦で旅行に行ったり、楽しそうにしている写真はできるだけ送るようにしている。夫が優しくて、いつも安心する。それを母が喜んでくれると、私もとても嬉しい。親孝行にこんな形もあるんだなと思う。

 

正直お金もかかったけれど、他の脳のリスクや夫という存在の心強さを再認識できたので、病院に行ってよかったなと思う。

 

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最近、この作品を見ていたく感動した。

 

to-ti.in

 

漫画家の町田洋(スカートのシリウスのジャケ描いたりしてる方と言えばわかるだろうか)が、大阪の堺筋本町にある船場センタービルの50周年企画で描いた漫画だ。依頼を受けた本人は鬱病を経た後であり、自身の鬱を通して船場センタービルを描いた作品になるのだが、とても素晴らしい。「もう通院の必要はない」と診断され、健康であるはずの自身の状態を、町田洋はこのように分析した。

 

「醤油を大量の水で薄めた感じ。でも、考えてみると、100%の透明な水でいることは、健康でいるときも難しいのかもしれない」

 

私は以前、このことを何度考え、時にはお守りにしただろうか。自律神経を完全にバグらせたときに、リハビリのつもりでこのブログを始めた。少量の醤油のことが気にならず、ほぼ透明な水、という状態になるまで、数年かかった。

 

料理をしようにも、手順を組み立てることができず、調理器具を持っただけで急なめまいがして何もできないなど、完全に普通ではなかった当時のことをいつか言葉にして残したいと思っていた。もうあの時の感覚も出来事も、ほとんど忘れているから。当時、街中で見る光景やテレビドラマの些細な人間模様の機微に涙することがとても多かった。ああ、きっとそれは、普通の日常が、いかに特別なのかを知る瞬間だったのだろう。そのときの感覚を思い出すようなシーンがこの漫画には結構ある。

 

わざわざツイッターやどこかに「書きました」と上げることはないだろうけれど、そのうち、当時のことをこっそり書こうと思う。自分でも、仕事やプライベートのあらゆることが原因で誰にでも起こりうることだと思っているのに、偏見のある人に読まれるのはまだ怖い。でも、「すぐ筆を執ろう」と、そういう気持ちにさせてくれるような作品だったんだ、これは。

 

ちなみにアニメーションバージョンもあり、とても良い。(漫画の方を読んでから読むとさらに良し)

水曜日のカンパネラコムアイの朗読がすごく合ってる。船場センタービル、久しぶりに行ってみようかな。

 

www.semba-center.com