あなたはあなた/柴田聡子

「愛の休日」は、私的2017年アルバムベストオブザイヤーになること間違いなし。前のレビュー記事をあげたときの100倍ハマっている。そのときは、柴田聡子の人間たる魅力に迫っていたけれど、今は曲の魅力にどっぷり浸かっている感じ。「まさか、自分が、柴田聡子に、ここまでハマるなんて!!」と、言葉の間に一呼吸置きながら大きな大きな声で言いたいくらい!

愛の休日

愛の休日

 

 以前、柴田聡子の前のアルバムがでたときに、友人が「れんこんの穴にお箸を 詰めて 冷蔵庫にそっと置いておいて 見つけたきみは何も言わず お箸を抜いて支度を始める」って歌詞に対して、「やっぱりなんか怖いよ」と言っていたことを思い出して、そりゃそうだよなと笑ったことがあったけど、そんな遠巻きに見ていた人達も巻き込んで彼女のファンにさせてしまうのが、「愛の休日」なんだろうなと思う。だってこのアルバム、なんだか楽しい予定の当日に、静かに朝が始まっていくようなウキウキとワクワクがありませんか。淡々と始まるスプライト・フォー・ユーのイントロから心地よくて、通勤時に電車に揺られながら聴くと、眠たい体がゆっくりと車窓越しの朝の光に順応していくようだ。

 

そしてこのアルバムの中でも、特に名曲指数が抜群に高いのが「あなたはあなた」という曲ではないだろうか。柴田聡子にしか歌えない微妙なニュアンスがこの世には確実に存在していることを確信する一曲。

歌詞を人物像から紐解くと、こういう感じだと思う。

うわさに聞いたけど 銀行に勤めてるって 嫁さんもらわずに毎週出かけて行くって

あなたの休日はたまに贅沢をして 遠い外国にもひとりで行くって

おみやげなんにも買ってこないで いい匂いだけで帰ってくる

 いくつか「あなた」を描写している部分を抜粋したけれど、よっぽど一人が好きな男のようだ。恋人がいなくても、何でも一人で楽しめるタイプの、その中でも相当変わっている男性なのが見て取れる。なぜなら、「なにかが欠けている なにかがありすぎる 人のきもちとして間違っている」という部分は、私はお互いのことを指していると解釈しているので。

そんな彼を「わたし」は具体的にどう好きかと思っているかというと、異国の香りを引き連れて帰ってきた彼に対するこのキラーフレーズ。

お母さんも知らないような香り

一人で外国へも行っちゃうような自由人としての「彼への憧れ」を、「おかあさんも知らないような香り」というたった一言で表現しちゃうんだから、柴田聡子ワールドの恐ろしさたるや。みんな幼い頃、母親が知らないことなんてこの世にないと思ってたもんな。しかもこの「おかあさん」というワードが、二人が幼馴染であった関係や「わたし」の子供っぽさをなんとなく彷彿させている気にもなる。もう、柴田聡子は短歌でも書いた方がいいんじゃないか…。第二の俵万智になれるよ、きっと。

そんでもって、この部分の葛藤がかわいくて。

放っておいてとも思わないの わかってくれとも思わないよ

つまり、自由で一人でどこへにも行ける彼に憧れているけれど、彼は一人が好きなので他人といることに興味を持ってもらえない、でも好き、そういう風に聞こえてならない。
「あなたの生き方に水を差したりしませんよ、でも少しはかまってほしいな」という本音が見える気がする。

というわけで、結論が遅くなったが、「あなたはあなた」の切なさの真髄は、自分が彼を好きな理由が、自分に興味を持ってもらえない理由でもあることだ。
と、私には思えて、この曲を聴くとマンガ一冊読んだ後のような充実感を得られる。1曲4分前後の少ない情報で想像力が掻き立てられる曲を私はよく「マンガみたいな曲だ!!」と喜んで言うけれど、まさにそんな一曲だと思う。

そして、この曲において大事すぎる、最後のサビに向かうこの部分。

好かれても嫌われても人と人とのことだもの
いつか赤い屋根の温泉行きたいの

これは省略された部分を正しく書くと、こうだろうか。

好かれても嫌われても人と人とのことだから仕方ないわ
でも本当は、いつか一緒に赤い屋根の温泉行きたいの

「いつか赤い屋根の温泉行きたいの」でパーッと前が開けていく明るい景色が見えて、胸がキューーッとなる。もし彼女がアイドルだったとして、私が「聡子ーーー!!!!」と叫ぶならここ。聡子ーーーーーーーーーーーーーー!!!!

だってここで初めて、相手を大事に思うあまり、ずっと遠慮がちだったわたしから、初めて「~したい」なんていう、本音がでてきたのだから。
ここからの繰り返しのサビは、スプライトのしゅわしゅわの泡のようにはじけて、きらきら明るい幸せな気持ちでいっぱいになる。キーが上がる訳でもないのに、このクライマックス感、一体どうしたものか。

ちょっと変わった人だけど「あなたはあなた」。そんな変な人が好きな変わった私も「わたしはわたし」。この言葉は片方だけではきっと成り立たなくて、この相互作用の奥にはきっと彼女の恋心への誇らしい肯定がある。
ああ、恋だなあ。
柴田聡子の純粋な声でこんな歌を歌うのはずるすぎる!応援せずにはいられない。
好きな人の大切な趣味や価値観を、何も口出ししないという姿勢で黙って大切にするところも、私はすごくかわいいと思う。普通は西野カナのトリセツみたいに、あーやこーや言っちゃうけど、水を差さない愛ってそりゃもう、忍耐力がいるはずだから。だって、相手には伝わらないもん。でも、見守る愛だってあるのだ、何も与えるだけが愛ではない。

「高いレールの上を走る 黄色い二人乗り自転車」なんていうのは、こういうやつかな。

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既にあった出来事なのかは定かではないけれど、
きっと行けたらいいね、遊園地。赤い屋根の温泉じゃなくても。