永遠に銀河の風に吹かれて

遂に2017年も半分が終わってしまった。「また歳をとるなあ」と、いつものような悲しい気持ちにはならない。「ちょうど半分くらいかな」と思えるペースとボリュームで日々自分が柔らかく変わっていくのを実感しているからだと思う。速すぎず遅すぎず、どちらかというと遅い方が安心する。速いと、また急かしているのかなと思ってしまうから。私は上半期、本当にゆっくり生きた。少し急いだ時もあったけど、そういうときはその分ゆっくり歩いた。

 

www.youtube.com

 

昨年初めて出会って、何度聴いたかわからないこの曲は、いくら立ち止まっても次の日には必ず歩を進めさせてくれた。

 

泣くことを諦めて 前も見えなくなって

電話も出ないで 風の音だけ聞いてたこともあったわ

 

この部分は、今聴いても自然と涙が出てくる。昨年の冬、身体を壊すまで自分を追い詰めた末、友達にも会えなくなって、SNSからも距離を置いて、家族もなんか億劫で、けど誰かと話したくて、母方のおばあちゃんといるのが心地よくて、毎日のようにコーヒーを飲みに祖母の家に通っていた。そして、その度に「はやく元気になりたいんだけどさ〜、おじいちゃん、どうにかならないかな〜?」と泣きながら祖父の遺影に手を合わせ続けた。そのときのことを、どうしても思い出してしまうからだ。

サビの「もし生まれ変わって 違う私でも 永遠に銀河の風に吹かれて」という言葉は、どれだけ私に勇気と希望と元気を与えてくれただろう。YUKIに夢中になる人の気持ちが初めてわかった。この時期にJUDY AND MARYを好きになれたことは一生の宝物だ。本当に大好き!だから、今年はこのタイミングでどうしてもYUKIが見たくて、久々にフジロックに行くことに決めた。

今はやっと、素直にいろんなことにワクワクし始めている。
春はいろんな人に「もう大丈夫!」だなんて言っておきながら内心はまだかなり無理していたけれど、やっと6月の暮れになって、再構築メーターは90%くらいにきたかなという感じ。荷物の背負い方が全然違う。生きるのがどんどん楽になっていて、少しずつでいいから、もっと歩を進めてみたい。

そんな風になれたのは、今までの私と、2017年になりたい私というのが、しいたけ占いの上半期の助言のまんまだったのがすごく大きい。いやあ、世相だなあと思うほどに、しいたけ占いが元来の占いの概念を覆しながら支持されているのは、自分らしく生きるヒントをくれるからだ。世の中の女の子たちはみんな疲れているんだね~。

 

voguegirl.jp

 

 何度もこれを指針にして、占いが更新される毎週月曜日には「もっと頑張らなければならないのでは…」という強迫観念から「今週も楽しいことしまくってサボりま~くろ」という視点に戻せたのですごくよかった。基本、しいたけは毎週「今週もバカンスしまくろうぜ!お前今まで頑張りすぎてたからさ!」的なことしか言わなかったから。笑

おかげで上半期、おいしいものを食べて、飲んで、寝て、ゆっくりできた。おかげで3キロ太ったけど、びっくりするくらい後悔してない。今はその分ダイエット中。

 

 私が疲れてしまったたくさんの原因の中の一つに「人それぞれの考え方があるから、それは尊重されるべき」という、自分の他人に対する信条を大切にしすぎたことがある。しいたけの言う水瓶座の「人に対して徹底的に貢献しようとするあなた」というのも、こういうところが一つあるのだろうなー。

その結果、いろんな人との関わり合いの中で「この人のこういうところ、ちょっといやかも」と思ったときに「それを許してあげられない自分がダメ、そう思わせてる自分もダメ」という風にどうしても考えてしまって、そしてそれをため込むことは、つまり自分を責め続けることで…小さい頃から今までそれを続けて、遂にへなへなになってしまったのだった。それを「君は優しすぎる」と言ってくれる人もたくさんいたけれど、こんなに苦しいものが優しさなのかも、わからなくなった。

 でも、わたしはわたし。大切な人たちのすべてを受け入れなくていいのだ。
今も前述の信条は変わらないけど、「自分が今やりたくないことはやらない」「やりたいことだけをやる」をゆっくりやり続けた結果、やっと他人や自分のことを「受け止め、受け流す」ができるようになった。今は「自分だけが悪いことなんて絶対にこの世にない!」と思っているので、簡単に人のせいにもできる。それだけでこんなに楽になるなんて、嘘のようだ。みんなが当たり前にできることだけど、私は本当にできなかったんだから。でも、やっとスタートライン…なんてことはない。私はそれすら追い越して、進み続けていた。同じことでも、景色が全く違って見える。

 そして、客観的に自分を見れるようになって、何が原因でいろんなことを踏み切れないのかを見極められるようになったこともすごく大きい。というか、言葉にできない・したくないモヤモヤに対して、ガッツリ直視する勇気を持てるようになった。例えば、頼まれごとに対してウンと言えないときに、なんでなんだろうと考えるようになった。それはプライドだったり、見栄だったりするけれど、素直に向き合いたくないそれは、一番の私の心の声のはず。だから、一瞬冷静になることによって、「よしよし、じゃあプライドひっこめようか~」と素直に自分の中で駆け引きができることが多くなった。もし笑顔が引きつってたって、それができたら合格ラインだと思ってやっている。完璧にできない自分のことを、もう責めたりしない。次、うまくやればいい。みんなそんなに最初から期待してないから。

こういう冷静に客観視して足し算・引き算をする力は仕事をする上で一番活きた。急な変更に、慌てたりパニックになることが減り、「じゃあ現状に何が足されればこの場が落ち着くのか」を真っ先に考えられるようになり、かなりプラスになった。

 あとは、絶対に自分の価値を見誤らないこと。
今年の冬から3月頃にかけて、転職しようとして受けた面接に関して、全部最終面接まで進めたのも大きかった。体調面の不安がまだまだある頃で、結局すべて最終面接に行かず断ったが、すべて行きたかった会社だったので、かなり自信がついた。なにより、プライベートでいろんな人たちが、穴のあいたれんこんのような状態の私のことも、「頼ってくれて嬉しい」と言って、愛してくれたから。

私は人よりきっとバイタリティはある。元気になる過程を見続けてくれた人に「君の数ヶ月は人の4年分のスピード感に相当するね」と言われたことが、本当に嬉しかった。時間が進まなくて、苦しくて、毎日ギリギリで、できない自分を責めては泣き続けたけど、気がついたらここまできていた。1リットルはゆうに超えるくらい泣いた。

一生懸命頑張れるけど、頑張ってない自分にもちゃんと魅力があること、できないことはできないでいいこと、失敗は糧になること、だから次ちゃんとできればいいこと、毎日お弁当を作っている私は自分が思っている以上に偉いこと、すべてを正しく受け止めて、新しい環境を自分で作り出してみたい。ゆっくり、ゆっくり。私のペースで。

 

…なんて、なんだか強気な文章を書いてしまったけれど、全然毎日弱気で、悔しくて一人で泣いてばっかりだ!笑

でも、私が自分に対して一番誇れること、それは、どんなに辛いことがあっても時間がかかっても、必ず自分の言葉で自分が納得できる結論がみつけられること。どんなに苦しいときも、どうしても私はそれを覚えておきたかったから、2017年の一区切りとして言葉を残しておきたかった。だから、これを書いている今だけは、少しだけ強気でいさせて。

今までの人生で一番苦しいと言っていた昨年末、友達に「君の2016年は捨てちゃダメだよ」と言われた。捨てなくてよかった。ちゃんと2017年に繋がっていた。