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スピッツのアナログ盤再発に寄せて


スピッツのアナログが再発する。夢みたいな話だ。スーベニアのアナログ盤が手に入るなんて。他のアナログは最悪手に入らなくてもいいけれど、これだけは…そういう特別な想いがある。アナログ盤は、発売当時CDでスーベニアを買った店で予約した。どうしてもこの店で買いたかったから、予約しただけで嬉しくてちょっと涙が出そうになった。

 

スーベニア

スーベニア

 

 スーベニアの思い入れは、買った場所と、青春時代の片想いにある。

 今から13年くらい前。
中学生の私は音楽に夢中で、お年玉を少しずつ切り崩しては行きつけの家族経営のレコード店でCDを買っていた。例えば「愛内里菜の大ファン」とか、どう見ても濃い常連客達がコーヒーを飲みに来るような、とにかく「玄人向け」っぽい雰囲気に惹かれてその店でCDを買うことが多かった。要は、当時の厨二っぷりが発揮されていた訳だった。ビビりの私は当然ながら店員と仲が良い訳でもない。でも、この店には、「ここで買うことに意義がある」と思っているお客さんがたくさんいることが、店に通うごとにわかるようになった。 

店で夫婦が飼っている猫二匹の名前は、ルー・リードにちなんでいる。
柱には、洋楽イベントのヘッドライナー級のアーティストと、若かりし頃の女将さんが写っている40年くらい前の写真が何枚か飾ってある。

そしてそのレコード店には、明るくて長い髪をオールバックのポニーテールにした、小林麻央似の綺麗なお姉さんがいた。店主の娘さんで、当時23歳くらいだったと思う。颯爽としていて、八重歯がかわいくて、愛嬌があって、だからと言って飾ってなくて。柔らかい雰囲気なのに、いかにも「自分を持っている」という感じがした。私の住む田舎には、こんな人はいなかったから、お姉さんからCDを買うときはいつもドキドキした。話したことはなかったけど、すごく憧れていたんだと思う。

その頃の私はというと、スピッツのフェイクファーを熱心に聴いていた。当時不登校だった友達のあやちゃんとカラオケに行ったときに、彼女がスピッツの「仲良し」を歌ってくれたことがきっかけだった。
新垣結衣似のあやちゃんは、学校に行っていない間ずっと歌を歌っていて、信じられないくらい歌がうまかった。中学生なのにAJICOとか歌うし。何よりあゆみたいに音程をとるのに手を上げたり下げたりする姿は衝撃的だった。あやちゃんの歌う「仲良し」は、あまりにも素敵な曲に聞こえたから、その後頼んでフェイクファーを貸してもらったのがきっかけで、スピッツに興味を持ち始めていたところだった。

そんなある日、何かのCDを予約しにいつものレコード店に行ったとき、突然ポニーテールのお姉さんが、「スピッツの新譜は聴いた?今店でかかってるやつだよ」確かこんな感じで、初めて話しかけてくれた。店内でかかっていたのは「みそか」。そのときの感動が忘れられなくて、いまだに私にとってスーベニアとは「みそか」のイメージだ。

私は曲の感動以上に、雲の上のような存在だった憧れのお姉さんに、「音楽が好きな女の子」としてちゃんと認知されていて、声をかけてもらったことが心底嬉しかった。音楽の話できる学校の友達なんか、あやちゃんくらいしかいなかったのに。ていうかそもそも、あやちゃん学校に来ないし…。お姉さんには、即答で「買います」と言った。

その次に訪れた時は、「次のライブで即売に行くこのバンド、最近売れてきてるらしいよ。かけてあげるね」と言って、つばきの「あの日の空に踵を鳴らせ」を店内でかけてくれた。自分がこれ以上ないと思っている空間で、自分のために音楽がかかっている、恐ろしく幸せな瞬間だった。レコード店が一気に夢のような空間に思えて、頭がくらくらした。

そのCDはお金がなくて買えなかったけど、嬉しくて、今でも忘れられないアルバムになっている。
ドラマ・カルテットの「行った旅行も思い出になるけど、行かなかった旅行も思い出になるじゃないですか」というすずめちゃんの名言が思い出される。
(そんなことを久しぶりに考えていたら、同日につばきのボーカルの一色徳保が病気で亡くなったことを知り、どうしようもなく悲しくなった。ご冥福をお祈りいたします。)

お姉さんから買ったスーベニアは毎日、受験勉強の合間のご褒美に、本当に擦り切れるんじゃないかと思うくらい聴いた。今でも全曲ほとんどソラで歌える気がする。歌詞カードを見ながらコンポの前で毎日歌っていたから。パジャマから制服に着替える合間すら惜しくて、暇をみつけては聴いていた。

スーベニアは、レコード店の思い出だけでなく、当時片想いしていたたサッカー部の男の子との一方的な思い出がある。スーベニアを聴きながら、ずっとその人のことを考えていたから、今でも聴くたびに頭に浮かんで、懐かしい。

「優しくなりたいな」が特に好きだっだなあ。

水の音を聞くたび いけない妄想巡らす 嫌いなはずのメロディー 繰り返し口ずさんでる

この歌詞は、子どもの自分にはまだわからない艶やかな光景があって、そういう意味では手に届くはずもないのに、恋に浮かれながらも切ない気持ちは苦しい程わかって、胸がぎゅっと締め付けられた。

「ほのほ」も何度も聴いたなあ。告白して振られて、偶然同じ高校に入学した後もデートに誘っては断られ、叶わなかったけれど本当にしぶとく一人の人を追いかけ続けた思い出がこのアルバムには詰まっている。

いや、正確には「この人を好きなことが嬉しい」とか「私ならこんな風にこの人を大事にできる」だとか、そういう恋する気持ちを大切にできた思い出深いアルバムだった。
「ありふれた人生」も「恋のはじまり」も、まさにそんな曲だと思う。スピッツのアルバムの中でも、スーベニアにはとびきり浮かれて飛んでいきそうな気持ちが詰まっている。二曲目の「ありふれた人生」のイントロのストリングスのなんとドラマチックなことか…!!!スピッツ全曲束ねたって、この曲のイントロのドラマチックさに勝てるものなんてない!と声を大にして言いたい。

それにしても、スーベニアが好きと言うと、みんなに「あのアルバム疲れない?」と、不思議に思われる。ストリングス多めで、やたらと音圧がすごいこのアルバムを苦手とする気持ちはとてもよくわかる。たぶん、私も前述のいろんなエピソードがなければさほど好きにはならなかったと思う。音圧によって、朝ラーメン、昼焼肉、夜ステーキ、みたいな胃もたれがする感じだろうな。

でも、この熱にあてられたような亀田誠治のアレンジの相性が、浮かれた恋心と何よりも一番良いアルバムな気がする。冬に中学の教室の真ん中に置かれる、大きくて暖かいストーブに手をかざす度に思った。じんわり熱を帯びていく感じがスーベニアに似ている、と。

今でも、誰かのことを好きになるたびに私はこのアルバムをアホみたいに聴いてしまう。「恋のはじまり」の熱くてめまいがするようなぼやけた音を聴くたびに、気持ちがそのまま音になって溶けていく感じがする。「心の中がまんま音になったようだ」と、何度思っただろう。

新種の虫達が鳴いてる 真似できないリズム 

それは恋のはじまり おかしな生き物 花屋覗いたりして

マサムネの比喩も秀逸で、光景ばかりが歌詞になっているのも浮かれ具合が伺えて良い。
今まで「やたら執着心強そうな歌詞だけど、この曲の女は妄想上の人物で実在しない気がする」とか「マサムネは変態だからさ~」と言って人と笑うこともあったけれど(特に初期)、とにかくこのアルバムはマサムネがまともに恋をしてそうなところも好感が持てる。(失礼)

とにかく私はこんな経緯でスーベニアが大好きで、思い入れがありすぎて、アナログの再発がとびきり嬉しい。スーベニアのアナログ盤を手にするときには、大好きなレコード店のお姉さんにこの話をしよう。その日までに部屋もきれいにして、ゆっくり聴けるようにしよう。

10年前、コンポの目の前で過ごす時間は宝物だった。レコードは今もそのコンポに繋いで聴いている。時を経て、私はどんな気持ちでスーベニアを聴けるだろうか。早く自分の手元に届きますように。 

 

ポニーテールのお姉さんとは、今や一緒に飲みに行くほどにもなった。いつも「はっぴいえんどのCDをわざわざ買いに来る高校生なんて君くらいだったよ」と笑ってくれる。

 そのたびに、大人になるのは、悪くないなと思う。